お子さんの学校が「生成AIは全面禁止」と決めたら、安心するでしょうか。それとも、どこか引っかかるでしょうか。
2026年9月24日の日本経済新聞「経済教室」で、言語脳科学が専門の酒井邦嘉さん(東京大学教授)が、教育現場での生成AIの使用を全面的に禁止すべきだと論じました。
先に立場を書いておくと、全面禁止には反対です。ただ、酒井さんが挙げている懸念の半分以上には同意しています。
生成AIの全面禁止論は、何を心配しているのか
経済教室の論考は、次の4つの論点で組み立てられています。
- 読書習慣が減り、学生の読解力が大幅に低下している
- デジタル教科書は、紙に比べて記憶しにくくなる面がある
- AIに頼ると、自分の能力を伸ばす機会を失う
- 改正学校教育法でデジタル教科書が正式に導入されるのに、そのリスクが十分に議論されていない
最後の論点の背景には、2026年6月10日に成立した学校教育法等の一部を改正する法律があります。デジタル教科書が正式な教科書になり、2030年度から順次、小中高校で使われる予定です。
酒井さんのこうした主張は、今回が初めてではありません。2023年には「生成AIは教育に百害あって一利なし〜手書きで人間の創造性を」と題したインタビューで手書きの大切さを説き、同じ年の日本記者クラブの会見では、学生が生成AIを使うことをカンニングやドーピングにたとえています。
根にあるのは、読む、書く、考えるという脳の中の作業を機械に明け渡してはいけない、という一貫した問題意識です。AIが新しいから反対しているのではなく、子どもの脳が育つ時期に何を経験させるべきかを問うている。その問い自体は、教室に立つ側こそ正面から受け止めるべきものです。
読解力の低下は、生成AIより前から教室にある
数学の文章題で、最後の一文まで読まずに式を立て始める生徒は珍しくありません。何を求めるかは最後の行に書いてあるのに、最初に出てきた数字同士を掛けてしまう。「問題文を自分の言葉で一文にまとめてみて」と頼むと、手が止まる生徒もいます。
宿題のプリントを見て、似たような場面に心当たりのある方もいると思います。
原因が読書量だけなのかは、私には断定できません。ただ、長い文章を最後まで追いかける力が落ちているという酒井さんの見立ては、教室で見ている姿と重なります。
そこに生成AIが入ると、問題はさらに深くなります。問題文を貼り付ければ答えが返ってくるので、「読んで、何を聞かれているのかをつかむ」工程をまるごと飛ばせてしまうからです。読解力への心配そのものは、酒井さんと私で違いません。
手書きの効用は、生成AI全面禁止の根拠になるか
手書きや紙の効用も、私は認めています。数学でも、図を自分の手で描き直した生徒のほうが、条件の見落としに気づきやすい。酒井さんはビデオニュース・ドットコムの番組で、人の記憶は複数の情報が重なり合って結びついていると話していますが、ノートの端に描いた図ごと解き方を覚えている生徒を見ると、その説明には納得がいきます。
では、紙が大事だからといって、生成AIを学校から消していいのか。
ここで考えが分かれます。「手書きで考える時間を守る」ことと、「生成AIを学校から消す」ことは、別の話だと思うからです。
手書きの時間は、授業の中で守れます。問題を読む、図を描く、式を立てるところまでは紙と鉛筆で進め、その時間にAIを持ち込ませない。これは全面禁止にしなくても、授業の決まりとして十分に実現できます。紙の効用から導けるのは「紙で考える時間を確保する」までで、「AIを一切使わせない」まではもう一歩の飛躍があります。
生成AIに頼ると考える力を失う、は本当か
AIに頼ると能力を伸ばす機会を失う。この指摘は半分正しいと思います。考える前に答えが手に入れば、考える機会は確かになくなります。
ただ、機会を奪っているのは道具そのものではなく、「考える前に答えが手に入る順番」のほうです。答え合わせを、自分で解く前に見るか、後で見るかの違いだと言うと分かりやすいかもしれません。
たとえば一次関数の文章題で、生徒がまず自分で式を立てて答えを出したとします。そのあとで同じ問題をAIに解かせ、自分の解き方と並べて比べる。AIが別の式を立てていたら、どちらが正しいかを生徒が説明する。AIが間違えていたら、どこで間違えたのかを指摘させる。
この使い方なら、生徒は考える工程を1つも手放していません。むしろ、自分の答えを別の答えと突き合わせて説明するという、一人では起きにくい工程が増えます。
考える力を守りたいという目的は、酒井さんと同じです。違うのは手段で、問うべきは「使わせるかどうか」ではなく「いつ使わせるか」だと考えています。
生成AIを全面禁止すると、教室から消えるもの
学校で禁止されたら、子どもは生成AIを使わなくなるでしょうか。
おそらく、なりません。スマートフォンがあれば家で使えますし、学校の外では誰も止めません。学校だけが禁止すると、子どもは使い方を一度も教わらないまま、家で一人で使うことになります。そのとき教室から消えるものが3つあります。
- AIの答えを疑う練習の場。生成AIはもっともらしく間違えます。その間違いを先生と一緒に見つける経験は、学校でこそまとめて積めます
- 家庭による差を埋める場。家でAIとの付き合い方を話せる家庭と、そうでない家庭の差は、学校が教えなければそのまま残ります
- 子どもが使い方を正直に話せる関係。禁止されたものは隠れて使われます。「どう使ったの?」と聞けなくなると、指導の入り口そのものがなくなります
文部科学省が2024年12月26日に公表した初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)も、一律に禁止したり義務付けたりする硬直的な運用は望ましくない、という立場を示しています。国の方針は、学習の目的に照らして場面ごとに使うかどうかを判断する考え方です。
生成AIの禁止と放任のあいだに引く線
私の授業では、生成AIについて3つの決まりで線を引いています。
- 考える前は使わない。問題を読み、図を描き、式を立てるまでは紙と鉛筆だけで進める
- 考えた後は、答え合わせと反論役に使う。自分の解き方とAIの解き方を比べ、違っていたら理由を説明する
- 提出物の思考過程は手書きで残す。答えがAIと同じでも、そこに至る道筋は自分の字で書く
この線は、酒井さんの懸念のうち「読む、書く、考える工程を守る」部分をそのまま引き継いでいます。違うのは、AIを学校から消すのではなく、使う位置を考えた後ろへずらしている点だけです。全面禁止には賛成できませんが、何を守るべきかを考え直すうえで、酒井さんの論考は教室にとって大事な問いを投げかけていると受け止めています。
ご家庭でお子さんが生成AIを使うとき、「考えてからAIに聞く」と「AIに聞いてから考える」、どちらの順番になっているでしょうか。
もし後者なら、禁止する前に順番を入れ替えるところから始めてみてください。特別な準備はいりません。今日の宿題で、問題を読んで自分の答えを一度ノートに書いてから聞く。それだけで、AIは答えを出す機械から、考えを確かめる相手に変わります。



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