「AIがこれだけ賢くなるなら、うちの子は何を勉強すればいいんですか」。三者面談で、この質問が出る回数が増えました。
教科や点数の話ではなく、この先何を軸に勉強させればいいのか分からない、という不安の質問です。
その場では、基礎は変わらず大事ですと答えるのが精一杯でしたが、先日読んだPKSHA Technology代表の上野山勝也さんのnoteに、その答えを並べ直してくれる枠組みがありました。
この記事では、AI時代の教育で何を学ばせるべきかというその枠組みを、中学生の家庭に置き換えると何が見えるのかを書きます。
能力の5階層とは?
上野山さんは、人間の能力を5つの層に分けて整理しています。下から順に並べるとこうなります。
- 身体
- 情動・モチベーション
- 基礎的な知的能力・メタスキル
- 専門知識・専門スキル
- AIという増幅器・外部知性
読み方で大事なのは、上に行くほど高級な能力という話ではないところです。下の層ほど土台で、上の層はその土台の上に積まれているだけ、という見取り図になっています。
たとえば、難しい公式を暗記していても、テストに向かうやる気そのものが折れていれば、その知識は使われる場面までたどり着きません。
どれだけ専門知識を持っていても、その下にある情動が動かなければ、知識は使われないまま置かれている、ということです。
能力を単品のリストではなく積み木として見ると、どこから崩れるのかが見えてきます。
元になった論考はこちらです。
AIに先に届くのは、どの層か。
面談でよく聞くのは、AIに奪われるのは単純作業だろうから、食いっぱぐれない専門性を身につけさせたい、という話です。
その心配、よく分かります。
ただ、5階層に当てはめると、この直感はそっくり逆向きになります。
AIが最も速く代わりを務められるのは、上の層にある専門知識・専門スキルの方です。下の層にある身体や情動・モチベーションほど、代わりがききません。
つまり、これから先「AIに代わられにくい力」を伸ばそうとするなら、狙う場所は知識の量ではなく、やる気そのものだということになります。
教室でも同じことが起きています。解き方の説明も、長文の要約も、端末の中から数秒で返ってきます。
一方で、やる気が出ないまま手が止まっている生徒に、AIから同じ速さで何かが届くところは、まだ見たことがありません。
育てるべき能力の重心は、上から下へ移っていきます。では、下の層は何をすると育つのでしょうか。
起業家500人を分けた2つの力
上野山さんは、投資の検討を含めて約500名の起業家を見てきたうえで、成否を分ける能力は2つに集約されると書いています。
- 情動から生まれるモチベーションを消さず、増幅し続ける力
- 新しい分野を高速で理解するメタスキル、つまり学習能力
驚いたのは、必要な専門スキルの95%くらいは起業した後に身につけるものだ、という一文でした。
想像してみてください。成功した起業家たちが、始める前から持っていた専門知識は、わずか5%程度でしかなかったということです。
始める前に何を持っていたかではなく、始めてから覚え直せるかどうかで差がついている、という話です。
中学生に置き換えると、今の知識量より、高校や大学に入ってから覚え直せるかどうかの方が長く効くことになります。
つまり、今の暗記量を増やすことより、新しい分野に出会ったときに素早く学び直せる筋力を鍛えるほうが、将来ずっと効いてくるということです。
ただし、これは今の勉強が無駄という意味ではありません。覚え直す力は、何かを一度覚えきった経験の上にしか乗らないからです。
目の前の単元を自力で解けるところまで持っていく作業は、そのまま学習能力の練習になっています。
やる気はどこから来るのか?
モチベーションは根性や我慢の問題として扱われがちですが、上野山さんはその源泉を、身体に刻まれた「感情記憶」に置いています。
いわば、心の中に積み立てられる貯金のようなものです。
感情記憶には2方向あります。痛みの側は、違和感、悔しさ、満たされなかった経験。喜びの側は、できた、認められた、誰かの役に立てたという小さな成功体験です。
プラスの貯金もマイナスの貯金も、どちらも後で引き出されて、次に挑戦する力に変わっていきます。
同じ40点でも、悔しさが残る生徒と、何も残らない生徒がいます。差は点数の側ではなく、その1時間で何を感じたかの側にあります。
痛みの側もエネルギーになる、という点は丁寧に扱いたいところです。失敗をすべて先回りして避けさせると、マイナスの記憶も一緒に残らなくなります。
厳しくした方がいいという話ではなく、うまくいかなかった経験をその場で終わらせず、言葉にできるかどうかの話です。
感情記憶は、点数のように後から足せません。だから、残る体験を、先に設計することになります。
「小さな成功体験」をどう作るか。
家庭でできることは、思っているよりずっと単位が小さくなります。特別な教材も、追加の勉強時間も必要ありません。今日の会話の中身を少し変えるだけで始められます。
難しさは、ちょっと背伸びで止める
簡単すぎる課題は、解けても喜びが残りません。難しすぎる課題は、痛みだけを残して終わります。手が届きそうで、まだ届かないあたりに置くのがちょうどいい範囲です。
具体的には、課題の単位を小さく切ります。ワーク1ページではなく最初の3問だけ。模試の点数ではなく、前回解けなかった単元を1つだけ。
終わりが見えるところまで切ると、「できた」が残りやすくなります。
結果ではなく、選んだ理由を聞く
「何点だった?」という質問は、結果の確認で終わります。代わりに、どうしてその解き方にしたのかを聞くと、子どもは自分の手順を言葉にすることになります。
AIを使った場合も同じです。出てきた答えそのものより、その答えをなぜ採用したのかを聞く。説明できた経験自体が、「できた」の記憶として残ります。
今日から試すなら、この3つくらいで足ります。
- 「その解き方、どうして選んだの?」
- 「途中で止まったのはどこだった?」
- 「AIの答えで、そのまま使わなかったところある?」
難しい言い回しに変える必要はありません。そのまま声に出すだけで十分です。
点数の話をしない日を作ってみる、くらいの気持ちでちょうどいいと思っています。
AI時代の教室で変えたこと、まだ変えられないこと
私が変えたのは、答え合わせの時間の使い方です。正解の確認を短く済ませて、なぜその手順を選んだのかを話させる時間に回しました。
説明を試みる生徒は増えましたが、それが成績にどう出るかは、まだわかりません。
変えられていないこともあります。評価はいまだに結果で付きますし、感情記憶は所見にも成績表にも書けません。
悔しさが残った1時間と、何も残らなかった1時間は、記録の上ではどちらも同じ1時間です。この部分は、正直まだ答えが出ていません。
それでも、家庭と教室の両方で置きにいけるものは、たぶん同じだと思っています。
今日、お子さんが「できた」と感じた瞬間は、どこにあったでしょうか。




コメント
ログイン か 会員登録 するとコメントできます