暗号化メールのProton Mailなどを提供するスイスのProtonが、社員にAIの使い方を問う「再面接」を、計画の報道から4日後に撤回しました。来期の評価シートに「AI活用」の欄を足すか迷っているなら、この件は評価設計の失敗例として読めます。何が起きたかを出どころごとに分けたうえで、AI活用を評価に入れるなら見ない項目と見る項目を整理します。
ProtonのAI再面接、10月26日から30日までに起きたこと
10月26日、米国のニュースサイト404 Mediaが、Protonの社内メールを入手したと報じました。メールによると、11月4日から11日にかけて、選ばれた社員にAIの使い方を問う再面接を行う予定でした。メールは再面接を「consequential(結果を伴う)」と書き、結果が役割や責任、雇用の継続に影響しうるとしています。報道では、CEOのアンディ・イェンさんがそれに先立ち、エンジニアリングとプロダクトの幹部40人超を面接していたとも伝えられました。
29日には、404 Mediaが続報を出します。現役社員と元社員への取材、Slackのやり取り、会議の録音をもとにした記事です。8月末、新しく書いたコードを公開前に数日かけてペネトレーションテスト(外部からの攻撃を想定した検査)にかけるべきだと訴えた社員に、イェンさんはSlackで「くだらない。負け犬の考え方だ」と返し、「コードを手作業で丁寧に書くのはやめて、もっとAIを使え」と書いたといいます。前者の原文は「bullshit and loser thinking」です。記事は、社員のPCにAIが生成したコードの量を追跡するソフトが入れられたことにも触れています。
30日の金曜日、イェンさんは全社会議で再面接の中止を伝えました。404 Mediaが入手した約2時間の音声によると、イェンさんは「伝え方の失敗は私にある」と認めたうえで、「今後もAIは推し進める」と話しています。来月に組織変更を行うものの、AIを理由に職を失う人は出ないとも述べました。CTOのバート・バトラーさんは「AIを効果的に使うことは、セキュリティを諦めたという意味ではない」と話したと、30日の記事は伝えています。
情報の出どころは、次のように分かれます。
表のうち、Protonが社外に向けて出した言葉はRedditの投稿と広報のコメントです。30日の記事について、Protonはコメントの求めに応じていません。
撤回のあとも、AI活用は人事評価に残るのか?
社員の証言では、残ります。404 Mediaに話した社員によると、再面接で測るはずだった項目は、今後は通常の人事評価の一部になるといいます。Protonが発表した方針ではなく、社員の証言として報じられた話です。
評価を設計する立場で見ると、気になるのはここです。再面接なら日程も対象者も見えますが、通常の評価に溶け込むと、何がどれだけ結果に効いたのかが本人から見えにくくなります。面接という形が消えても、測る中身が説明されないままなら、社員の不安は残るのではないでしょうか。
Protonの再面接、反発を招いたのは質問より周りの設計
意外なのは、メールが求めていた中身です。報道によると、メールは「仕事で何を変えたか、その結果、学んだこと、うまくいかなかったこと、次はどうするか」を話せるよう準備することを求め、ツールを並べるだけでは足りないと書いていました。問いそのものは、使用量でなく、仕事の変化と結果を見ようとしています。
それでも強い反発を招いたのは、問いの周りに3つの設計が重なったからだと私は考えています。
- 1回の面接の結果が、雇用の継続と直接つながっていた
- 慎重な意見が「loser thinking」と退けられる空気があった
- 面接では変化を問う一方で、AIが生成したコードの量という使用量も追っていた
答え次第で職を失うかもしれず、慎重さが笑われる職場なら、社員は「使えている」と見せる答えを用意します。良い問いを置いても、正直な答えは返ってきません。
あなたの職場で、AIの使い方に慎重な意見を出した人は、評価面談でどう扱われそうでしょうか? そこが曖昧なまま評価項目を足すと、反対意見そのものが出なくなります。
AI活用を評価に入れるなら、見ない項目と見る項目
使用量で測ると何が起きるかは、調査にも表れています。Adaptavistが5か国の開発者1,000人に聞いた調査(2026年10月の報道)では、58%がAIの利用が正式な評価指標やKPIになりつつあると答え、47%が仕事の質よりAIをどれだけ使ったかで判断されていると感じていました。組織の期待に応えるために必要以上にAIを使っている、という回答も52%あります。
測られる数字に行動が寄っていくのは、人事評価では昔からある話です。AI活用でも同じことが起きると見ています。
右の列は、Protonのメールが求めていた中身とかなり重なります。違いは、それを雇用の判定に使うか、本人の振り返りと上司のフィードバックに使うかです。
使っていないことを減点にしないのは、甘くするためでもありません。顧客の個人情報や未公開の数字を扱う仕事では、使わないほうが正しい場面があります。Protonの件で言えば、公開前のペネトレーションテストを求めた社員の判断こそ、評価で拾うべきものだったのではないでしょうか。
あなたの会社の評価シート案では、AI活用の欄に何を書いてもらう想定でしょうか? ツール名や回数を書く欄になっているなら、右の列の問いに置き換える余地があります。
AI活用の評価を始める前に、社内で決めておくこと
まず、雇用や処遇の判断と切り離す期間を決めることが要ります。国内ではGMOインターネットグループが、AI活用の指標「GMO AI Agility Rank(GAAR)」を2025年11月に発表しました。「目覚ましい実績を残している」のSから「AIを業務に導入できていない」のDまでの5段階で、リリースには、まず評価を始め、フィードバックを含めて人事制度への導入も行う予定と書かれています。評価を始める段階と、人事制度に組み込む段階を分けているわけです。
同じリリースでは、1人あたりが活用するAIエージェントの数を表す指標(APP)も設けていますが、組織全体のAI活用レベルを把握し、引き上げるための目標として置かれています。使用量は組織の健康診断には使えても、個人の通知表には向かないと私は考えています。
次に、職種ごとに問いを変えます。営業なら提案書を作る時間と受注までのやり取り、経理なら月次の締めでの確認の手戻り、エンジニアならレビューで見つかる不具合、といった具合です。全社共通の1行で「AIを活用したか」と聞くと、答えやすい職種とそうでない職種の差が、そのまま評価の差になります。
最後に、説明の順番です。何を見るか、何を見ないか、結果を何に使うかを先に示し、そのあとで導入します。イェンさんが認めた「伝え方の失敗」は、制度を説明する順番の失敗とも読めます。慎重な意見を出せる窓口を、評価者とは別の経路で用意しておくことも要ります。
来期の評価シートの案が手元にあるなら、AI活用の欄に並んだ項目を、上の表の左と右のどちらに入るか1つずつ分けてみてください。左に入る項目が残っているなら、使っているかどうかを評価に入れる前に、何を見れば使えていると言えるのかを決める必要があります。
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