こんにちは、仕様書を書かないPM@カイです。
住友商事が「全社員5000人のAIスキルを6段階で等級化する」というニュースが流れてきたとき、僕のまわりのPMや人事の人たちが一斉にザワつきました。
「うちも、そろそろやらないとマズいよね」「でも、何を、何段階で測ればいいんだ?」と。
正直、その気持ちはよく分かります。
ただ、もう一歩踏み込むと、こんな焦りも重なっていませんか。
「そもそも自分、AIで何か成果出せてる?」「等級化が始まったとき、自分はどこに分類される?」——この問いが、地味にざわつくやつです。
AIスキルの等級化は、いまや一部の先進企業だけの話ではなくなりました。
総合商社、SIer、通信、製造業、そして海外の巨大小売まで、業種を問わず「社員のAIスキルをどう評価し、人事にどう連動させるか」が人材戦略のど真ん中に来ています。
ただ、ニュースを見て焦って制度を作っても、たいていうまくいきません。
僕はこれまでプロダクト開発の現場で、いくつもの評価指標やKPIを設計してきました。
その経験から断言できるのは、「評価制度は、設計を一歩間違えると一瞬で形骸化する」ということです。
資格は取ったのに現場で使われない。
KPIは達成したのに事業は変わらない。
これ、AIスキルの等級化でも同じことが起きます。
この記事では、住友商事をはじめとする国内外9社の事例を横断比較しながら、PM・人事・経営企画の視点で「制度が機能する条件」と「形骸化する条件」まで踏み込んで整理します。
ただの事例まとめでは終わらせません。
「自社で作るなら、何を、どう設計すればいいのか」が見えるところまで持っていきます。
それでは、いきましょう。
住友商事の「Dグレード」とは何か——AIスキルを6段階で等級化する仕組み
まずは話題の発端から整理します。
住友商事が始めるのは、国内外の全社員約5000人を対象に、AIスキルを6段階で等級化する取り組みです。
「Dグレード」と呼ばれる、AI・DXの能力を審査する等級制度を8月から開始し、評価結果を人事配置にも活用するというものです。
ポイントは2つあります。
1つ目は、評価が「資格の有無」だけで決まらないこと。
研修の受講履歴や、ITパスポートをはじめとする30以上の資格に点数を振り、業務面の実績も含めて合計点数で評価します。
2つ目は、その等級が人事配置に連動すること。
つまり「AIをどれだけ使えるか」が、その人のキャリアや配属に実際に影響するわけです。
これ、PMの視点で見ると、やっていることは「スキルの共通言語づくり」なんですよね。
6段階評価の設計思想——30以上の資格に点数を振るとどうなるか
なぜ「資格の有無」だけでなく、点数化して合算するのか。
ここが設計思想として面白いところです。
資格を「持っている/持っていない」の2択で見ると、評価は粗くなります。
G検定は持っているけど実務では何もしていない人と、資格はないけど現場でAIをバリバリ使っている人が、同じ「未取得」扱いになってしまう。
そこで、研修受講・複数資格・業務実績をすべて点数化し、合算する。
こうすると、一人ひとりのAIスキルが連続的なスコアとして見えるようになります。
評価のグラデーションが細かくなる、ということですね。
僕がプロダクトのユーザーをセグメント分けするときも、まったく同じ発想を使います。
「アクティブ/非アクティブ」の2択ではなく、ログイン頻度・利用機能数・継続日数をスコア化して、連続的な軸で見る。
そのほうが、打ち手の精度が圧倒的に上がるからです。
ただし、点数化には副作用もあります。
「点を稼ぎやすい資格」ばかりが取られて、肝心の実務スキルが置き去りになるリスクです。
この落とし穴は記事の後半でじっくり扱うので、ここでは頭の片隅に置いておいてください。
人事配置への活用——AIスキルの「見える化」が人材戦略とつながる瞬間
等級化のもう一つの肝は、結果を人事配置に使うことです。
ここがあるかないかで、制度の意味はまったく変わります。
評価して終わりの制度は、よくある「やっただけ」のアンケートと同じです。
スコアは出るけど、誰の何も変わらない。
一方で、等級が配置や育成投資の判断材料になると、評価は一気に「効く」ものになります。
たとえば、AIスキルの高い人材を、業務改革のプロジェクトに優先的に配置する。
スコアの伸びしろが大きい部署に、研修予算を厚く振る。
これができると、「AIスキルの見える化」が、ただの可視化ではなく人材戦略の意思決定インフラになります。
ちなみに住友商事は、すでにMicrosoft 365 Copilotをグローバルで全社導入していて、対象は約9000人、月次の利用率は約90%に達しています。
年間で約12億円規模のコスト削減効果も公表されています。
「使う土壌」をここまで作った上で、次のステップとして「使える度合いを等級化する」。
この順番が、僕はとても理にかなっていると思います。
ツールを配っただけで終わらせず、定着と活用の度合いを測りにいく。
プロダクトのグロースと、まったく同じロジックです。
住友商事の設計は、これだけ見ても相当考え抜かれています。ただ、国内ではこの1社だけが動いているわけじゃない。実は同じように動いている企業が、業種を問わずゾロゾロいるんです。
住友商事だけじゃない——日本企業7社のAIスキル評価・認定制度
ここまで読んで「うちには関係ない、商社の話でしょ」と思った人がいたら、ちょっと待ってください。
社員のAIスキルを評価・認定する動きは、すでに業種を超えて広がっています。
しかも、それぞれ設計の発想がまるで違います。
僕の見立てでは、国内の事例は大きく3つの型に分けられます。
- 資格ゲート型: 特定の資格取得を昇格などの条件にする(三菱商事)
- ベルト多段階型: 習熟度を複数段階で認定する(NTTデータグループ、NTTドコモソリューションズ)
- 独自アセスメント型: 自社固有の基準で能力を測る(ダイキン工業)
この「型」の違いを意識すると、各社の狙いがクリアに見えてきます。
三菱商事——G検定を2027年度から管理職昇格の必須要件に
まずは「資格ゲート型」の代表例です。
三菱商事は、G検定の取得を管理職への昇格要件にすると2025年に発表しました。
適用は2027年度から。
最初は課長級への昇格タイミング、つまり入社8〜10年目あたりが対象で、そこから段階的に役員を含む全社員へ広げていく計画です。
G検定というのは、日本ディープラーニング協会(JDLA)が実施する、AIの知識・リテラシーを問う検定です。
学習時間の目安は約50時間と言われています。
「昇格したいなら、AIの基礎知識は必須」という、かなり強いメッセージですよね。
この型の強みは、なんといっても強制力です。
昇格に直結するので、社員は本気で学びます。
ただ、強制力が強い分だけ「資格は取ったが実務では使わない」という形骸化のリスクも背負います。
ここはトレードオフです。
NTTデータグループ——White/Yellow/Green/Blackの4段階認定(7万人取得済)
次は「ベルト多段階型」の最先進事例です。
NTTデータグループは、グローバル約20万人の社員を対象に、生成AIの人財育成フレームワークを整備しました。
武道の帯になぞらえた、4段階の認定制度です。
- Whitebelt: 生成AIの基礎・ガバナンス・セキュリティ・リスク管理を理解しているレベル
- Yellowbelt: 顧客への価値提供ができる実践レベル
- Greenbelt: プロジェクト全体のAI導入をリードできる上級者
- Blackbelt: 生成AI技術で新規事業やソリューションを開発できる専門家
すごいのは、実践レベルにあたるYellowbeltを、2025年10月時点で7万人以上が取得している点です。
当初は2026年度末までに3万人という目標だったので、それを大幅に前倒しで更新したことになります。
目標の2倍超ですよ。「普及」というより「加速」と呼んだほうが近い。
僕がこの制度で一番うまいと思うのは、評価軸が「スキルレベル × 職種」の2軸になっていることです。
コンサル、営業、エンジニア、ユーザーといった職種ごとに要件を定義している。
これがあると、エンジニアじゃないビジネス職も「自分はYellowbeltを目指せばいいんだ」と、自分事として捉えられます。
スキルを単一のものさしで測ろうとすると、必ず「現場に合わない」という不満が出ます。
職種という軸を足すだけで、納得感がまるで変わる。
これは制度設計の大きなヒントです。
ソフトバンク・日立・NTTドコモソリューションズ——文化醸成型と新設の認定制度
同じく注目したいのが、土壌づくりに振り切ったソフトバンクの事例です。
ソフトバンクは2021年から「AI Campus from SBU Tech」という学習プログラムを展開していて、2025年3月時点でG検定の合格者が2200人を超えました。
これは全社員の約12%、つまり8人に1人がG検定合格者という水準です。
20代に絞ると、5人に1人が取得しているそうです。
ソフトバンクのアプローチは、特定の資格を昇格要件で縛るというより、全社的にAIリテラシーの土壌を耕すスタイルです。
「日経Smart Work大賞2026」で大賞を受賞するなど、その文化醸成の取り組みは外部からも高く評価されています。
製造業からも動きが出ています。
日立製作所は2024年に、2027年をめどに5万人規模の「GenAI Professional」を育成する計画を打ち出しました。
社内の「日立ITプロフェッショナル認定制度」やITSS準拠のレベル診断を土台に展開していくとされています。
商社・SIer・通信に続いて、製造業の大手までこの流れに乗っているわけです。
もう一社、新しい動きとして押さえておきたいのがNTTドコモソリューションズ(旧NTTコムウェア)です。
2026年3月から、全社員を対象にしたAIスキルの人材認定を開始しました。
NTTデータと同じくWhite/Yellow/Green/Blackの4段階で、「AIを実践活用する人材」と「AIモデルを開発・実装する人材」の2分野で評価します。
面白いのは、認定の判定にAIエージェントを使っている点です。
評価そのものをAIに任せて客観性を担保しにいく、という発想ですね。
BlackBeltとGreenBeltの認定者には認定証やバッジを付与し、2027年度までにGreenBelt以上を400名育成する目標を掲げています。
ダイキン工業——AI人材育成で「ツール操作」より「課題設定力」を測る理由
最後は「独自アセスメント型」です。
そして、僕が個人的に一番うなった事例でもあります。
ダイキン工業は2017年に「ダイキン情報技術大学(DICT)」を設立し、技術系の新入社員を2年間、通常業務を免除して育成するという思い切った取り組みをしています。
さらに2024年からは、NECと共同開発したデジタル人材のアセスメントを本格展開しています。
ここで測っているのが、ただのデジタルスキルではないんです。
「ビジネス課題を自発的に見つけて、デジタル活用のテーマを設定する能力」「事業戦略との関連性」「スキルの活かし方」「人脈」などを、6項目で評価しています。
これ、僕が思わず膝を打ったポイントです。
AIスキルの評価って、つい「ツールを使えるか」「資格を持っているか」に寄りがちなんですよ。
でも本当に価値を生む人材は、「どこにAIを使う価値があるかを自分で見つけられる人」なんですよね。
ツールの操作は、正直すぐ陳腐化します。
来年には別のツールが主流になっているかもしれない。
でも「課題を見つけてAIで解く」という思考は、ツールが変わっても腐りません。
ダイキンは、その本質を評価項目に組み込んでいる。
評価結果は本人と上司にフィードバックし、現場での活躍支援に使うそうです。
スコアで序列をつけることより、成長のための材料にすることを重視している。
ここも、僕は好感を持っています。
ここまでの国内事例を、いったん表で整理しておきます。
こう並べると、同じ「AIスキルの評価」でも、狙いがまったく違うのがよく分かりますよね。
で、海外に目を向けると、日本とは次元の違う動きがある。「評価してラベルをつける」ではなく、「職種そのものを作り変える」レベルの話が始まっています。
海外はどう動いているか——AmazonとWalmartの大規模リスキリング
日本企業の事例を見てきて、気づいたことがあります。
日本は「等級化」「認定」という、評価とラベルづけの発想が強いんですよね。
一方で、海外の巨大企業は、もっと踏み込んでいます。
「スキルを測る」のではなく、「職種そのものを作り変える」発想です。
ここが決定的に違うので、ぜひ見比べてみてください。
Amazon Upskilling 2025——約1,800億円で70万人をスキルアップ
まず規模感で圧倒されるのがAmazonです。
Amazonは2019年から「Upskilling 2025」という従業員向けのリスキリング計画を進めてきました。
投資規模は12億ドル超、日本円にすると約1,800億円規模です。
一社の従業員教育に、です。
桁が違いますよね。
プログラムも多層的で、エンジニア向けの機械学習深化コース(Machine Learning University)、新入社員向けの48週間クラウド研修(AWS Tech U)、前線で働く従業員向けの学費全額支援(Career Choice)などが用意されています。
受講者は米国内で30万人以上、グローバルで70万人以上に達しました。
そして重要なのは、このスキル習得が「職種の転換」に直結している点です。
倉庫やオペレーションの仕事をしていた人が、AIやロボティクス、サイバーセキュリティといった職種に内部転換していく。
スキルを測って等級をつけるのがゴールではなく、スキルを身につけて別の仕事に移ることがゴールなんです。
Walmart × OpenAI——5万人を「AIネイティブ職種」へ
この「職種を作り変える」発想を、さらに鮮明に体現しているのがWalmartです。
Walmartは2026年から、OpenAIと提携してAIトレーニングの認定プログラムを本格展開し、5万人規模の従業員を対象にしています。
何がすごいって、想定している転換が大胆なんです。
レジ係(キャッシャー)だった人を、ドローンの技術者やロボットの監督者へ。
つまり、職務そのものを再定義しにいっている。
この背景にあるのが「スキルベース組織(Skills-Based Organization)」という考え方です。
これまでの人事は「どんな職歴か」「どんな肩書きか」で人を見てきました。
でもスキルベース組織では、「どんなスキルを持っているか」で人を配置し、評価します。
肩書きではなく、スキルが通貨になる世界ですね。
AIスキルの等級化というのは、実はこのスキルベース組織への移行の一里塚なんです。
日本企業の「等級化」は、まだ既存の人事制度の上にAIスキルという評価軸を乗せている段階。
海外の先進企業は、人事制度そのものをスキル起点に組み替えようとしている。
このスピード感の差は、頭に入れておいて損はないと思います。
さて、ここからが「自社で作るなら」の話です。他社事例が分かったとして、肝心の「ものさしを何にするか」は、実は選択肢が3つに整理できます。しかもこれ、最初に間違えると後で全部やり直しになる話なので、ちゃんと押さえておきたいところです。
「ものさし」を何にするか——AIスキル評価制度の3つの選択肢
ここまでは「他社が何をやっているか」を見てきました。
ここからは「自社で作るなら、どうするか」です。
制度設計でいちばん最初に決めるべきは、「何をものさしにするか」です。
そして、これを間違えると本当に厄介です。
ものさしを途中で変えると、過去の評価が全部やり直しになる。
プロダクトでいえば、KPIの定義を半年ごとにコロコロ変えるようなものです。
データの連続性が崩れて、何も判断できなくなる。
だからこそ、最初の選択が重要なんです。
選択肢は大きく3つあります。
選択肢1: 外部資格を使う(G検定・AWS認定・Google AI Essentials)
1つ目は、世の中にある外部資格を評価のものさしにする方法です。
代表的なのは、先ほどから出ているG検定や、AWS Certified AI Practitioner、Google AI Essentials Certificateあたりです。
メリットは明確です。
客観性があり、すぐ導入できる。
ものさしを自分で作らなくていいので、立ち上げが速い。
三菱商事のG検定要件化は、この典型ですね。
一方でデメリットは、資格の出題範囲と自社の実務がズレることです。
資格は「一般的なAIの知識」を問うものなので、自社特有の業務での活用力までは測れません。
「資格は満点だけど、現場ではAIを使えていない」という人が出てくる余地がある。
導入の速さと、実務との距離。
このトレードオフを理解した上で使うのが大事です。
選択肢2: 政府・業界基準を参照する(経産省デジタルスキル標準・IPA ITSS+)
2つ目は、政府や業界がすでに整備している基準を参照する方法です。
代表格が、経済産業省とIPAが策定しているデジタルスキル標準(DSS)です。
これは、全ビジネスパーソン向けの「DXリテラシー標準」と、専門人材向けの「DX推進スキル標準」の2階建てで構成されています。
2026年4月にはver.2.0へ改訂され、AIトランスフォーメーションの進展を踏まえてデータマネジメント領域の見直しなどが行われました。
もう一つ、IT専門職向けにはIPAのITSS+があります。
これはデータサイエンスやセキュリティなど、新しい領域のリスキリング指針を定めたものです。
この選択肢の魅力は、「自社でゼロから作らなくていい公的なものさし」が手に入ることです。
国が時間をかけて整備した枠組みなので、信頼性も高い。
ただし、汎用的に作られている分、自社の事業の解像度には届きません。
「土台として参照しつつ、自社用にカスタマイズする」のが現実的な使い方だと思います。
選択肢3: 独自フレームを作る(ダイキン・NTTデータ型)
3つ目は、自社固有のフレームを作り込む方法です。
ダイキンの6項目アセスメントや、NTTデータの職種別ベルト制度がこれにあたります。
最大の強みは、自社の事業課題にぴったり合わせられること。
「うちの業務で、AIをどう使えると価値が高いか」を起点に設計できるので、評価と事業成果が直結しやすい。
その代わり、設計と運用のコストは重いです。
基準を作り、評価者を育て、定期的に見直す。
そこそこの体力がある組織じゃないと、運用しきれません。
ここまでの3つを、表で整理しておきます。
正解は1つではありません。
実際には「外部資格をベースにしつつ、自社で実務評価を足す」というハイブリッドが、いちばん現実的だったりします。
大事なのは、最初に「何をものさしにするか」を意思を持って決めることです。
ただ、ものさしを決めただけで制度が機能するかというと、そうじゃない。ここから先が、PMとして僕が一番「痛い目に遭ってきた」部分です。
PMが知っておくべき「AIスキル等級化が形骸化する条件」4つ
ここからが、この記事の本題です。
事例も選択肢も分かった。
じゃあ作ればいいかというと、そう簡単ではありません。
制度は、作ることより「機能させ続けること」のほうが100倍難しい。
僕がプロダクトのKPIや評価指標を設計してきて、何度も痛い目に遭ってきたからこそ言えます。
「いい指標を作ったはずなのに、いつの間にか誰も成果につながらない数字を追いかけている」。
これが形骸化です。
AIスキルの等級化でも、まったく同じ落とし穴が待っています。
代表的な4つを、PM視点で整理しました。
落とし穴1: 資格取得が目的化し、実務活用につながらない
最もよくあるのが、これです。
「G検定を取りましょう」という号令をかけると、社員は資格を取ります。
でも、取った後にAIを業務で使うかどうかは、また別の話なんですよね。
資格はゴールテープではなく、スタートラインのはずです。
なのに、取った瞬間に満足して、現場では何も変わらない。
「仕事で使いこなせるようになる」より「検定に合格する」のほうが圧倒的に楽だから、人間は自然とそちらに引き寄せられます。インセンティブ設計が「資格取得」に向いている限り、これは必ず起きます。
これを防ぐには、評価の重心を「資格を持っているか」から「業務でどんな成果を出したか」へずらす必要があります。
プロダクトでいう、アウトプットとアウトカムの違いです。
「機能をリリースした」はアウトプット。
「その機能でユーザーの行動がどう変わったか」がアウトカム。
追うべきは、いつだってアウトカムなんです。
住友商事が「資格の有無」だけでなく「業務面の実績」も点数に含めているのは、まさにこの罠を避ける設計だと、僕は読んでいます。
落とし穴2: KPIを「資格取得者数」に置くと壊れる
落とし穴1と地続きですが、これは制度を作る側の話です。
経営から「AI人材を増やせ」と言われると、つい「資格取得者数」をKPIに置きたくなります。
数えやすいし、報告しやすいですからね。
でも、これをやると確実に壊れます。
なぜなら、人は測られた数字を最大化するように動くからです。
「取得者数」を追えば、現場は「取りやすい資格を、とにかく多く取らせる」方向に最適化します。
その結果、数字は伸びるのに、AI活用の実態はまったく進まない、という最悪の事態になる。
これ、グッドハートの法則そのものなんですよ。
「測定が目標になると、その測定は良い測定ではなくなる」というやつです。
僕も昔、新機能の利用率をKPIに置いたら、チームが「とりあえずクリックさせる導線」ばかり作り始めて、本質的な体験が悪化したことがあります。
KPIは、人の行動を歪めます。
だからこそ、KPIには「取得者数」のような数えやすい指標だけでなく、「業務での活用率」や「AI活用による成果」といった、追いかけにくいけど本質的な指標をセットで置くべきなんです。
落とし穴3: 評価基準が現場の実態とズレる
3つ目は、制度を作る側と、使う現場とのギャップです。
人事や経営企画が会議室で「あるべきAIスキル」を定義すると、たいてい現場の実態とズレます。
「こういうスキルが大事なはずだ」という思い込みで基準を作ると、現場は「いや、うちの仕事ではそれ使わないんだけど」となる。
これ、プロダクトでユーザーインタビューをせずに機能を作るのと、まったく同じ失敗です。
「ユーザーはきっとこれが欲しいはず」で作ったものは、だいたい外れます。
だから僕は、機能を作る前に必ず現場を観察します。
AIスキルの評価基準も同じで、作る前に「現場が実際にAIをどう使っているか」を見にいくべきです。
営業はどんな場面でAIを使っているのか。
経理は、人事は、どうか。
その実態を観察してから基準を作れば、現場の納得感はまるで違います。
NTTデータが「職種別」に要件を定義しているのは、この現場のズレを防ぐ工夫だと言えます。
落とし穴4: 等級が報酬・配置と連動していない
最後は、いちばん根が深い落とし穴です。
どんなに精緻な等級制度を作っても、報酬や配置と連動していなければ、人は本気で動きません。
人は、インセンティブで動く生き物です。
「等級が上がっても、給料も役割も何も変わらない」のであれば、わざわざ頑張る理由がない。
評価して終わり、ラベルを貼って終わりの制度は、半年で誰も気にしなくなります。
住友商事が等級を人事配置に連動させ、NTTデータがGreenbelt以上を人財認定プログラムにつなげようとしているのは、ここを分かっているからです。
評価は、意思決定につながって初めて意味を持ちます。
プロダクトのダッシュボードと同じですよ。
数字を眺めるだけのダッシュボードは、誰も見なくなる。
その数字を見て「次に何をするか」が決まるダッシュボードだけが、生き残ります。
ここまでの4つを、早見表にまとめておきます。
この4つを設計段階で潰せるかどうかで、制度の寿命がまるで変わります。
逆に言えば、ここをクリアできれば、AIスキルの等級化はちゃんと機能します。
「AIスキル等級化」時代に、PM・ビジネス職が今すべきこと
最後に、じゃあ僕たち個人と組織は何をすればいいのか。
具体的な一歩に落とし込んで終わりましょう。
個人として: 自分のAIスキルポジションを言語化しておく
等級化の波が自分の会社に来る前に、やっておくべきことがあります。
「自分が、何をAIで自動化し、どんな成果を出したか」を、実績ベースで棚卸しすることです。
難しく考えなくていいです。
「リサーチ業務にAIを使って、調査時間を半分にした」
「会議の議事録作成をAIに任せて、毎週2時間を浮かせた」
こういう具体的な事実を、いくつか言語化しておくだけでいい。
等級化される側になったとき、「資格は持っていないけど、こういう成果を出してきました」と語れる人は強いです。
資格は後からでも取れます。
でも「AIで成果を出した経験」は、今この瞬間から積み上げるしかありません。
まだやっていないなら、今週の業務のどれか1つをAIに壁打ちしてみる。
そこから始めれば十分です。1つでいいんです。今日の帰り道に5分だけ試せるレベルの話です。
組織として: 「制度を作る側」の視点で設計に関わる
もしあなたがPMや人事、経営企画の立場なら、もう一歩踏み込んでほしいです。
評価される側で待っているのではなく、制度を作る側に回ってください。
この記事で見てきた、3つの選択肢と4つの落とし穴。
これだけ押さえておけば、「うちはどのものさしを使うべきか」「どうすれば形骸化を防げるか」を、根拠を持って提案できます。
AIスキルの等級化は、これからどの会社にも来ます。
そのとき、ただ降ってきた制度に従うのか、自分たちで設計できる制度にするのか。
この差は、数年後に大きく効いてきます。
大事なのは、等級をつけること自体を目的にしないこと。
その制度が事業の成果につながっているか、現場の人が前向きに動いているか——評価制度も、プロダクトと同じく、作って終わりではなく磨き続けるものです。
さて、あなたの会社のAIスキル評価、その設計、ちゃんと誰かと壁打ちしましたか。
まだなら、この記事を片手に、ぜひ一度議論を始めてみてください。





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