自分の会社の仕事のうち、どこまでをAIに渡すか。
この線引きを真面目にやっている経営者ほど、線を「まだAIにできないこと」の側から引こうとします。
今週公開されたStratecheryのインタビューで、OpenAI社長で共同創業者のグレッグ・ブロックマンさんが話しているのは、その引き方をやめた人の話でした。
コードを手放したOpenAI社長が、代わりに手に入れたもの
ブロックマンさんはもともと、手を動かす側の人です。
大学を中退してStripeに創業初期から加わり、CTOまで務めてから2015年にOpenAIを共同創業しました。
OpenAIでも最初の肩書きはCTOで、社長になったのは2022年です。
そのキャリアの人が、エンジニアの仕事の変化をこう言っています。
「どのライブラリを使うかを正確に知っていて、構文を書けて、セミコロンをどこに置くかが分かっている人である必要から、私たちは全員が離れつつある。私たちは全員が、もっと高い位置にいるマネージャーであり、ディレクターであり、インスピレーションとビジョンと判断とフィードバックの源になろうとしている」
主語が「私たち全員」なところが読みどころだと思ってて。
エンジニア一般の話をしながら、明らかに自分の話をしています。
実際、コードを手放すのは自分が大事にして好きだったものを手放すことだった、とつらさを認めた上で、「もっと好きなものに置き換わった」と続けています。
失ったものの話を先にして、得たものの話を後にする順番です。
自分で資料を作るのをやめた日のことを思い出す人、けっこういるんじゃないでしょうか。
人はタスクをこなせるから価値があるわけではない
同じインタビューで、彼はこう言っています。
「人はタスクをこなせるから価値があるのではない。私たちが価値を持つのは、人間だからであり、感情を持つからであり、私たちが大切な存在だからだ」
最後の「大切な存在だから」は、原文だと we matter です。
能力の話をいっさいしていない。
これだけ切り出すと人間賛歌に見えます。
でもこの一節が出てくるのはアラインメント、つまりAIを人間の意図に沿わせる設計の話の途中で、直後に続くのは「人間の判断、人間による監督、人間による制御。これらを維持することが絶対に不可欠で、しかも永久に維持する」という文です。
情緒の話ではなく、システムをどう組むかの話としてこれを言っている。
ここが経営判断に効いてくるところです。
人の価値を「AIにまだできないこと」で定義すると、モデルが更新されるたびに人の価値が目減りしていきます。
去年は資料作成が人の仕事で、今年はもう違う。
来年はまた別のものが剥がれる。
この定義の仕方をしている限り、AIの進歩と自社の人材評価が正面からぶつかり続けます。
ブロックマンさんはその定義をしていません。
人が価値を持つ根拠を能力の外に置いて、その上で判断と監督は人が持ち続ける、と決めています。
能力比較で毎年ぐらつく話にするか、設計として先に決めてしまうか。
この差は思っているより大きいです。
組織が壊れるのは技術ではなく、対人の緊張からだった
2023年の騒動について聞かれたときの答えが、このインタビューで一番経営者向けでした。
「積み上がっていた緊張があった。対人の緊張が積み上がっていて、私たちはそれに十分先手を打てていなかった」
そして、人と人の力学を扱うことは自分たちの仕事の中で最も重要なものに入る、先手を打たなければ、難しい会話をしなければ、そこから事態はずっと荒れる、と続けています。
世界最先端の研究組織が止まりかけた原因を、技術でも戦略でもなく対人の緊張だったと本人が言っている。
チームの負荷についての言い方も引っかかりました。
世界の重さを自分1人で背負っていると感じる位置に人を置かないようにしている、チームで一緒にやることが決定的だ、と話しています。
AIを入れて人員を絞った組織ほど、これは他人事じゃないと思ってます。
3人でやっていた仕事を1人とAIで回すようになると、たしかにコストは下がる。
ただし判断の重さはその1人に集中します。
削減できたのは工数であって、重さではない。
AGIはもう始まっているという前提で、線を引き直す
9月3日、OpenAIはGPT-6 Astraを発表しました。
その記者向け説明会でブロックマンさんは、AGIに到達したのかと問われて「私個人としては、もう到達していると思う」と答え、最後に「AGIの時代へようこそ」と言って締めています。
面白いのは、当初は劇的な一瞬として来ると思っていたのに実際には少しずつ細切れに来た、と本人が認めていることです。
Stratecheryのインタビューでも、そのどこかでたいていの人のAGIの閾値を越えることになると思う、という言い方をしています。
到達したと宣言するのではなく、越える過程の途中にいる、という話し方です。
この前提に立つと、経営者側に翻訳できる問いが2つ出てきます。
まず、自分が手放したもののうち、代わりに得たものを言語化できているか。
ブロックマンさんはコードを手放した対価として「インスピレーション、ビジョン、判断、フィードバック」と即答できています。
資料作成をAIに渡した経営者が、渡した対価に何を得たかを同じ解像度で言えるか。
言えないなら、それは委譲ではなく手が空いただけです。
そして、人に残すものを能力の外側で決めているか。
「これはまだAIには無理だから人がやる」で組んだ体制は、モデルが更新されるたびに組み直しになります。
「これは人が判断すると決めたから人がやる」で組んだ体制は、モデルの性能とは独立に立っている。
同じ配置に見えても、根拠が違うと寿命が違います。
うちの場合、採用面談とパートナーとの条件交渉はこの後者に入れています。
AIが面談をこなせるかどうかとは関係なく、人が判断すると決めた領域だからです。
AGIがいつ来るかは、正直、僕には分かりません。
ただ、来たときに何を人に残すかは、来る前に決めておける。
そこだけはモデルの発表を待たずに、今日決められる話だと思ってます。
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