「AIで業務効率化」と言われても、システム開発会社に発注する予算はないし、自分でコードを書けるわけでもない。
うちくらいの規模だとだいたいここで止まるんですけど、小田原の老舗梅干し店が、その状態から社内ツールを何本も自作しています。
使っているのはチャット版のClaudeと、コピペだけです。
マウスの使い方から教えた現場でツールが自作されている
小田原駅前にある「ちん里う本店」は、1871年創業の梅の専門店です。
小田原藩の殿様に料理番として仕えていた人が、明治維新のあとに開いた料亭が始まりで、今年で155年になります。
梅干しと梅酒と梅菓子の会社なので、AIの導入事例として名前が挙がる業種からは、一番遠いところにあります。
ここで社内ツールを作っているのが、常務取締役のゾェルゲル・ニコラさんです。
ドイツ出身で海外展開を引っ張ってきた方で、ECサイトの取扱商品を約8000点まで広げています。
ただ、ITエンジニアではありません。
現場の職人さんたちはもっとPCから遠くて、マウスの操作方法から説明した、という話が出てくるくらいです。
その現場で2026年4月にClaudeを使い始めて、必要なものを自分たちで作るようになりました。
やっていることはチャットとコピペだけ
先に種明かしをすると、コーディング専用のClaude Codeは使っていません。
普通のチャット版のClaudeに「コピーペーストできる形でコードを出力して」と頼んで、返ってきたものを貼り付ける。
それだけです。
そうやって出来上がったものが、こんな感じで並んでいます。
最後の六曜のところで、思わず笑ってしまいました。
贈答が主力の商売だと、大安と仏滅で物の動きが変わります。
外のベンダーに要件を伝えて出てくる発想ではないんですよね。
そして並べてみると、どれも「毎回同じ形で作っている書類」です。
新しい事業を始めたわけではなくて、ずっと手でやっていた作業の手を止めただけなんです。
PCが苦手な人に合わせて画面を作れる
もう少し踏み込んだものも作っています。
梅干しの製造管理ポータルは、品種と熟成年数ごとに仕込みを管理する仕組みです。
もう1本の出荷ポータルは、倉庫の商品を選ぶと「買い物かご」に入る作りになっていて、積み込み漏れを防ぐために使われています。
このかごの部分が、個人的には一番の発見でした。
PCが苦手な職人さんに「在庫管理システムの操作を覚えてください」と言うのは、たぶん無理です。
でもネット通販で買い物をしたことがあれば、商品を選んでかごに入れる操作に説明は要りません。
数カ所クリックすれば終わる画面を、使う人のほうに合わせて作ってある。
既製品のシステムを入れると、この順番が逆になります。
現場が画面の作りを覚えるしかなくて、覚えきれなかった分は結局だれかが手で埋めることになる。
うちも勤怠システムを入れた年に、紙のメモが半年くらい並走していました。
自分たちで作れると、合わせる側と合わせられる側がひっくり返るんですよね。
AIより先に効いていたのはデータを揃えたこと
ここは正直に書いておきたいんですけど、Claudeを入れた日にいきなりこうなったわけではありません。
自前のサーバーで動かしていた販売管理ソフトを、クラウドの基幹システム(NetSuite)に入れ替えています。
そこから数年かけて、商品の原材料、ラベルの情報、サイズといったデータを整えました。
その上で「データがあるからできることが無限大です」という話が出てきます。
順番が逆だと、同じことは起きません。
聞かれる側に読める材料がなければ、AIも答えようがないので。
データと並んで効いているのが、権限の切り方です。
Claudeに渡してあるのは、商品や在庫や販売のデータを読むための権限だけ。
書き込みや変更はできません。
作らせているのは、あくまで手元で動かすツールのコードです。
「AIに任せると勝手に何かされそうで怖い」という不安が、読むだけにしておく、という一行で片付いています。
基幹システムがなくても同じ順番で始められる
基幹システムを入れている会社は、うちの周りだとほとんどいません。
ただ、この事例で真似できるのは仕組みではなく順番のほうです。
毎回同じ形で作っている書類を1つだけ選ぶ
見積書、請求書、納品書、案内メール、月次の集計表。
名前と金額と日付を差し替えているだけの書類が、どの会社にも必ずあります。
うちだと毎月の請求書の送付リスト作りがそれで、今も30分かけています。
まずその書類の元データを用意します。
ExcelでもGoogleスプレッドシートでも、紙の台帳を打ち直したものでも構いません。
あとはチャットに、列の見出しと2、3行分のサンプルを貼って、こう頼むだけです。
このスプレッドシートのデータから、この書式で請求書を作りたいです。
Google Apps Scriptで、コピーペーストできる形でコードを書いてください。返ってきたコードを貼り付けて動かして、エラーが出たらそのメッセージをそのまま貼り返す。
これを2、3往復すれば、たいてい形になります。
シート名を伝えると往復が減ります。
Sheet1 のままにせず、請求データ のように中身が分かる名前に変えてから渡すのがおすすめです。
渡すのは本番ではなくコピーにする
読む権限だけ、という部分も真似できます。
小さい会社に権限設定のような仕組みはないので、代わりにファイルを分けます。
顧客リストや売上表そのものを触らせずに、コピーを1本作って、そこで試す。
個人情報や取引先名が入っているなら、A社B社に置き換えたサンプルで先に作らせて、動くようになってから本番のデータに向けます。
これだけで、失敗したときに消えるのはコピーのほうになります。
スイッチではなくレバーとして使う
ゾェルゲル・ニコラさんの言葉で、一番残ったのはこれでした。
AIは「スイッチ」ではなく「レバー」です。最初は簡単なことから始めて、徐々にレベルアップすればよいのです
スイッチだと思うと、入れた瞬間に全部が自動になるはずで、そうならなければ失敗ということになります。
レバーなら、今日引ける分だけ引けばよくなります。
こうも話しています。
当社のように小規模な会社は、システム開発会社に依頼することが予算的に難しい。AIのおかげでプログラミングコードを格安で生成でき、必要な機能を自分たちで開発・実装できるようになりました
見積もりを取って、金額を見て、諦める。
小さい会社のシステム化って、だいたいここで終わっていました。
その一番手前の壁が、チャットとコピペで越えられている。
155年続いた会社がITの専門家なしでそこまでやっているので、うちはまず、請求書の30分のほうから引いてみます。
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