「営業はAIに置き換わる」という話を、もう何度も聞かされてきたと思います。
ただ、その答えが出るのはニュースの見出しではなく、AIに本当に商談をやらせた会社の給与明細のほうです。
41ヶ月でARRを0から930億円超まで伸ばした会社は、AIが売上を動かしたアカウントでも、人間の担当者にコミッションを払っていました。
AIが決めた商談の手数料は、誰のものになったか。
舞台は音声生成AIのElevenLabs、ARR(年間経常収益)が0から6億ドル超、日本円で930億円超に届くまで41ヶ月かかった会社です。
内訳を見ると、1億ドル(約155億円)まで20ヶ月、そこから2億ドル(約310億円)まで10ヶ月、3.3億ドル(約510億円)まで5ヶ月、6億ドル超まで6ヶ月と、後半で一気に加速しています。
以下、1ドル155円で換算しています。
この売上を組み立てたのが、同社初のVP of Revenueを務めたカルレス・レイナさん。
社員4人目で、同社への最初の投資家でもあった人です。
レイナさんたちは、営業組織にAIエージェントを入れます。
AI SDR、AIのアカウントエグゼクティブ、AIのカスタマーサクセスマネージャー。
そのうえで、エージェントがあるアカウントの売上を動かしたときも、そのアカウントを持っていた人間の担当者にコミッションを払い続けました。
商談を決めたのはAIで、手数料を受け取ったのは人間です。
効率だけで考えれば、払わなくていいはずのお金ですよね。
なぜ、AIの分と人の分を二重に払うのか。
SaaStrのインタビューで、レイナさんはこの判断をこう説明しています。
「二度払っていることになります。エージェントに一度、人に一度。それが摩擦を取り除くための値段です」
取り除きたかったのは、商談の摩擦ではありません。
社内の摩擦です。
しかも、エージェント側が形だけ働いていたわけでもないんですよ。
大量のデータを分析する、アカウントを調べる、狙う市場の全体像を組み立てる、基準に照らしてアカウントに点をつける、シグナルを重ねてメッセージを下書きする、記録を更新する、24時間止まらない。
問い合わせに対してAI SDRがその場で折り返すほうが、人間が30分後に返信するより成約率が高かった、という話まで出てきます。
つまり「AIには任せきれないから保険として人にも払った」のではなく、成果を出したうえで、それでも人間の取り分を残したということです。
手数料を払わなかったら、現場は何をするか。
「そうしなければ、自分を助けるはずのシステムに静かに逆らって動く担当者が出てきます」
レイナさんの言葉です。
この「静かに逆らう」は、営業の現場では具体的な行動になって出ます。
見込み客の情報をCRMに入れなくなる。
AIが動く前に、自分で先に連絡を取ってしまう。
AI経由で進んだ案件を、報告のときだけ自分の動きとして書き直す。
どれも怠慢ではないと思います。
営業は、やったことが数字に乗るかどうかで次の行動を決める職種です。
乗らない行動を意思の強さで続けられる人は、ほとんどいません。
「AIが先に触ったアカウントは成果に数えない」と決めた瞬間に、現場の答えは出てしまうわけです。
ここを先に潰しておくために、レイナさんたちは二重に払うことを選んだんですね。
この手数料は、営業の何に値段をつけているのか。
払われた相手が「そのアカウントを持っていた人間」だった、という点を見てください。
値段がついたのは、クロージングの瞬間ではありません。
そのアカウントを持っている状態のほうです。
レイナさんは、エージェントが苦手な領域についてもはっきり線を引いています。
「LLMは分布の中で動き、分布の中にある答えを返します。うまく売るというのは、その外側で動くことです」
そして、こうも言っています。
「営業はいまも関係の問題です。買い手の隣に座って、その人の制約を理解していなければ、どれだけエージェントを揃えても大きな契約に署名はされません」
制約というのは、予算がどこから出るのか、稟議を誰が止めるのか、今期は動かせない理由が何なのか、前任者が似た案件でどう失敗したのか。
ヒアリングシートの項目には、まず書いていない種類の情報です。
あなたの手数料を守っているのは、提案書の完成度でもトークの滑らかさでもなく、この制約をどれだけ握れているかのほうだと考えていいと思います。
AIに渡せない仕事から、先に鍛える
レイナさんは、営業パーソンに向けてかなり厳しい言い方もしています。
「リストに足す会社を探す、連絡する理由を見つけるために人を調べる、シーケンスに人を入れる、CRMを更新する。ここに時間を使っているなら、エージェントのほうがあなたより上手で、あなたは遅れています」
守るべきものとして挙げていたのは、客先に足を運ぶ時間と、エージェントには思いつけない仕掛けを考えることでした。
客先での時間を守るというのは、訪問の回数を増やすことではありません。
持ち帰る情報の種類を変えることです。
商談メモに1行だけ足してみてください。
「この人が動けない理由」です。
相手が口にした言葉のまま、要約せずに残します。
帰り道にその1行をAIに渡して、こう聞いてみてください。
以下は、今日の商談で相手が口にした「動けない理由」です。
(1行を貼る)
この制約を踏まえたとき、私の提案のどこが引っかかりますか。
相手が社内で説明しづらくなる点に絞って、3つ挙げてください。出てきた3つを、次の商談の冒頭1分で相手に当ててみる。
それだけで、話す内容が提案の説明から相手の事情の確認に変わります。
営業という職種がまるごと消えるかどうかは、私にも分かりません。
ただ、消える部分と残る部分の線は、もう引かれはじめています。
リストづくりと記録の更新で評価されていた部分は、正直なところ削られていくと思います。
一方で、相手の制約を握っている部分には、まだ手数料という形で値段がついています。
まずは次の商談で、相手が言った「動けない理由」を1行だけ残してみてください。
そこに値段がついていることは、もう実例のほうで確認されています。

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