「いつからですか」と聞かれて、答えに詰まったことはないでしょうか。
頭の中には「たしか先月くらい」「たまに」しか浮かばないまま、気づけば診察が終わっている。
この数分の中身は、前もって記録を残しておくだけで変わります。
なぜ体の不調は、病院でうまく伝わらないのか。
診察室で自分の症状を説明できる時間は、思っているより短いです。
数分のあいだに、今いちばん困っていること、いつ始まったか、どんなときに悪くなるか、を伝えきる必要があります。
問題は、後ろの2つが記憶からは出てこないことです。
医師が知りたいのは頻度と時系列なのに、こちらが持ち込めるのは「最近多い気がする」という印象だけ。
ここに大きなずれがあります。
「いつからですか」に即答できない理由
記憶は痛みの強さは残しますが、回数は残しません。
ひどかった日のことは鮮明に思い出せるのに、「先月は何日ありましたか」には誰も答えられない。
しかも直近の出来事に引っ張られるので、2週間前に落ち着いていた期間はまるごと抜け落ちます。
伝わらないのは説明が下手だからではなく、その場で思い出そうとしているからです。
症状は記憶ではなく、記録に預ける。
記録するという発想そのものは、日本ではすでに定着しています。
気圧と頭痛の関係を追う頭痛ーる、生理周期と体調を残すルナルナ。
どちらも「症状を残しておくと後で役に立つ」という考え方を広めた側です。
ただ、この便利さには副作用があります。
頭痛は頭痛のアプリ、生理は生理のアプリ、だるさはどこにも記録しない。
すると、症状同士の重なりだけが誰の目にも触れなくなります。
「生理前の週に頭痛が集中している」「だるい日の翌日に頭が痛くなる」。
この手の重なりは、別々のアプリに分けて保存した瞬間に見えなくなる情報です。
私が記録先を1か所に絞るようにしたのは、この一点が理由でした。
散らばっている限り、どれだけ真面目に記録しても組み合わせだけは永遠に見えません。
Human Health Trackerとは、どんな記録アプリか。
オーストラリアのHuman Operationsが出しているアプリで、症状を横断して1か所に置く設計になっています。
登録されている症状は2,000以上あります。
しかも毎週追加されているようで、公式サイトはページによって1,500、1,700、2,000以上と数字が揃っていません。
増え続けている証拠だと受け取っています。
数の多さが効いてくるのは、「なんと呼べばいいか分からない不調」に名前が付く場面です。
「頭が重い」と「頭が痛い」を別のものとして記録できると、見返したときの解像度が変わります。
記録には短いメモと写真も添えられます。
痛みが出た場所、その日の食事、寝た時間。
服薬や生活の変化も同じ時間軸に並ぶので、「薬を変えた週から回数が減っている」といった並びを自分の画面で確認できます。
ここまでは無料です。
AIは診断せず、不調の傾向だけを見せる。
公式のAI機能の説明は「Patterns, powered by AI」、つまりパターン検出です。
自分のデータの中から変化やきっかけを拾い上げる、という書き方をしています。
誤解されやすいところなので、はっきり書いておきます。
このAIが見ているのは、あなたが入力した記録だけです。
症状名から病名を当てにいく仕組みではありません。
出てくるのは「この症状は水曜日に多い」「睡眠時間が短かった週の後半に増えている」といった、自分のデータの中の偏りです。
それが何を意味するのかを考えるのは本人で、答えを出すのは医師。
この順番は動きません。
ただ、偏りに気づけるだけでも診察室で言えることは増えます。
「なんとなく最近多いんです」と「先月は9回で、そのうち6回が生理前の週でした」は、受け取る側にとって別の情報です。
記録を、診察で渡せるレポートに変える。
記録を続けても、診察室でスマホをスクロールしながら説明するのでは、結局その場で要約する作業が発生してしまいます。
Human Health Trackerには、症状と経過をまとめたレポートを書き出す機能があります。
医師に渡す前提のフォーマットで、PDFとして持っていけます。
「記録を医師に見せる」という設計は、日本にも先行例があります。
ルナルナ メディコは、婦人科の診察時に6桁の番号を伝えるだけで、記録した生理日や基礎体温を医師の端末に表示できる仕組みです。
口頭で伝え直さなくていい、という発想が共通しています。
無料と有料の線引きはこうなっています。
症状を記録してパターンを見るところまでは無料。
有料のHumanPlusで増えるのは、検査結果や画像の保存容量と、レポートのカスタマイズです。
日本のApp Storeに並ぶ課金は700円から9,000円まで幅があります。
まず記録を始めて、レポートが欲しくなってから考えても遅くありません。
英語のアプリを、日本語の体調記録にどうつなげるか。
正直に書いておくべき点があります。
このアプリの対応言語は英語だけです。
日本のApp Storeからダウンロードはできますが、画面も症状名もすべて英語になります。
これを踏まえると、選択肢は2つです。
- 英語のまま使う。自分が記録する症状は、実際には5個から10個くらいに落ち着きます。headache(頭痛)、fatigue(だるさ)、nausea(吐き気)、bloating(お腹の張り)。最初に自分の症状の英語名だけ調べておけば、あとは毎日タップするだけなので、英語であることはほとんど負担になりません。
- 日本語でやる。手持ちのメモアプリに日付と症状と強さを1行ずつ書き溜めて、受診前にその内容をAIに渡します。「この記録を、いつから、どのくらいの頻度で、どんなときに悪くなるかが分かる形にまとめて」と頼めば、診察で話す順番に並べ直してくれます。
家族の通院に付き添うときは、私は後者を使っています。
本人がスマホの操作に慣れていなくても、紙に書き溜めたメモを撮って渡せば同じことができるからです。
今すぐ受診科を知りたいAI問診とは、何が違うか。
体調とAIの話をすると、ユビーを思い浮かべる方が多いと思います。
症状を入力すると関連する病名や診療科、近くの医療機関を調べられるサービスです。
こちらと記録型のアプリは、扱っている時間の長さが違います。
ユビーが向き合うのは「今この症状にどう動くか」という単発の問い。
記録型が扱うのは「数週間から数か月にわたって繰り返している何か」です。
昨日から急に熱が出た人が3か月分のグラフを見返しても仕方がないし、半年続いているだるさをその場の入力だけで整理するのも無理があります。
使う場面が違うだけで、どちらかを選ぶ話ではありません。
ユビー自身も、診断の道具とは位置づけていません。
「本サービスは医療機器ではないため、関連する病気や医療機関等の情報提供のみを行い、医学的アドバイス・診断・治療・要望などは目的としておりません」と明記しています。
この線の引き方は、記録型のアプリでも同じです。
どこまでを記録に任せ、どこからを医師に委ねるか。
私は医者ではないので、症状から何かを判断することはできません。
ここまで書いてきたのは全部、判断する人に渡す材料をどう整えるかという話です。
Human Health Trackerの説明文にも、同じ趣旨のことが書かれています。
このアプリが出す気づきは医学的な助言にはあたらず、医療上の判断をする前には必ず医師に相談すること、と。
記録が肩代わりしてくれるのは、診断ではなく思い出す作業だけです。
ただ、その思い出す作業でつまずいていたせいで診察が空回りしていたのなら、埋められる隙間はそこにあります。
強い痛みや急な変化があるときは、記録より先に受診してください。
記録が効いてくるのは、様子を見ていい状態が続いているときです。
次の診察までに1か月あるなら、今日から書き始めるだけで持っていける材料が変わります。


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