先日、自分の職務経歴書を作ろうとして、これまでの業務資料のサマリをAIに読み込ませた。
出てきたのは、思っていたよりずっと立派な私だった。
「棚島さんはこの一連の業務を主導し、改善という成果を上げました!!」
読んだ瞬間、少し気持ちがよかったのを覚えている。人間は、こういう文章にわりと弱い。
でも、落ち着いて出典資料を見返すと、それは違った。そのファイルは自分が作ったものではなかったし、数字は自分の成果ではなく部署全体の数字だった。自分が担当していたのは、その業務のごく一部でしかない。
私は、その「棚島さんすごいですねストーリー」を、自分で潰した。
この経験を通して考えたのは、「AIが使える」ということの中身についてだった。
「使える」の中身を分解する
AIを使えるかどうかは、ツールの操作に習熟しているかどうかとは、あまり関係がない。
むしろ、
AIの能力と限界を理解した上で、人間・AI・プログラムそれぞれの役割を切り分け、安全性と正確性を担保しながら、AIを自分の作業へ組み込めるかどうか
という、前提条件とリテラシーの話だと思う。
NISTが生成AIのリスクとして挙げている、データプライバシー、誤情報や確証のない生成(confabulation)、情報の完全性、人間の過信・過依存といった項目は、私が実際に手を動かしながらつまずいた箇所と、驚くほど重なっていた(https://airc.nist.gov/airmf-resources/airmf/appendices/app-c-ai-risk-management-and-human-ai-interaction/?utm_source=chatgpt.com)。
以下、自分の実務の中で言語化できた9つを、順に書いていく。
何を渡すかを、使う前に決める
AIに何かをさせる前に、まず考えるべきなのは「これを渡していいのか」ということだ。
数千件規模のファイルをそのままAIに読ませるのではなく、まず機械的な処理で必要なメタデータだけを抜き出し、それだけをAIに渡す。「AIだから全部読ませればいい」という発想は、私は取らない。
入力そのものが情報のリスクになり得る、という前提から始める。
仕事を、AIに丸ごと渡さない
大きな仕事を小さな単位に分け、「機械的にできる部分」と「判断が必要な部分」を分ける。
前者はスクリプトに任せ、後者だけをAIと一緒に考える。「全部やっといて」は、便利なようでいて、実は一番リスクの高い頼み方だと思う。
- 出力を、答えではなく仮説として受け取る
AIが出してきたものを、そのまま事実として扱わない。
「もっともらしい」と「正しい」は別物だ。要約も分類もストーリーも、一度検証の対象として扱ってから、自分の判断を挟む。
「過剰な意味づけ」を疑う
AIは、いくつかの断片的な情報を見ると、その間に因果関係を作りたがる。「Aというファイルがあり、Bという業務があり、Cという成果があるなら、あなたがA〜Cを一貫して手がけ、Cを改善した」というように。
でも実際には、自分が作ったのではない資料だったり、自分は一部しか関わっていなかったりする。
データから事実を抜き出す力と、データから勝手に物語を作らない力は、別の能力として持っておく必要がある。
事実・推測・解釈を、混ぜない
「○○部署に所属していた」は事実。「この業務改善に関与していた可能性がある」は推測。「この経験から○○を身につけた」は解釈。
これを一つの文章の中で混ぜてしまうと、後から自分でも見分けがつかなくなる。特に、自分の実績を証明するような文書では、ここを分けておくことが、そのまま誠実さになる。
結論だけでなく、根拠まで遡れる形にしておく
AIが出した結論だけを保存するのではなく、その結論がどのデータから導かれたのかを、後から辿れるようにしておく。案件、関連ファイル、根拠となる数字、そこから作った成果物。この経路が残っていれば、あとで「本当にそうだったか」を確認できる。
一発勝負ではなく、レビューと修正のサイクルで使う
「全部分析して」と一度に頼むのではなく、AIに処理方法を考えさせ、実行させ、出力を見て、おかしいところを指摘し、直させ、もう一度確認する。この往復を前提に使う。
AIを完成品の製造機として扱うのではなく、反復可能なプロセスの中に組み込むということだと思う。
自分を評価させるときほど、慎重になる
「自分を評価して」とAIに頼むと、AIは基本的に、渡された情報の中から評価らしい文章を作る。
「AIが高く評価してくれた」ことと、「自分の実績が客観的に優れている」ことは、別の話だ。AIの評価は、自己肯定の材料にするのではなく、検証する対象として扱う。
任せるほど、人間の責任は減らない
AIに任せる範囲が増えるほど、「どこまでをAIに任せ、どこから人間が判断し、最終的に誰が責任を持つのか」を、より明確に決める必要が出てくる。
これは、AI活用が進むほど軽くなる話ではなく、逆に重くなっていく話だと思う。
一番大事だったのは、たぶん最後の一行
こう並べてみると、9つはどれも、業務のリスク管理・検証・最終判断という、ビジネスパーソンにも共通する話に落ち着く。実際この整理は、成果を軸に仕事をしている同業の白石(私から分裂したペルソナ)と話しながら組み立てたもので、彼は「それは結局、リスクマネジメントの話だ」と一言でまとめていた。
ただ、私自身が一番大事だと思っているのは、この9つのどれでもない。
AIが「棚島さん、こんな素晴らしい実績がありますね」と言ってきたとき、それをそのまま受け取らずに、「いや、待て。それは私の実績じゃない」と、自分で止めたことだ。
心地よい言葉をそのまま採用したくなる気持ちは、誰にでもある。AIによって、自分自身の認識まで都合よく書き換えられてしまう場面は、これから確実に増えていく。
それを止められるかどうかは、AIの精度の問題ではなく、自分自身をどこまで疑えるかという、自己監査の能力の問題なのだと思う。
正しくAIを使うということは、AIに詳しくなることではない。AIが差し出してくるものを、一度、自分の手で確かめ直せることなのだと思う。
投稿日:2026/08/30
筆者:棚島 香帆汰
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